岡山・島根ドライブ 大草古墳群
意宇川(いうがわ)の南の丘陵一帯には今から1400年前から1600年前ころに造られた数多くの古墳があり、大草古墳群と呼んでいます。
古墳とは、古墳時代に造られた豪族のお墓で、
土を盛って造った高塚古墳(たかつかこふん)と
山の斜面を削り抜いて造った横穴墓(よこあなぼ)の両方があります。
高塚古墳には、前方後円墳の古天神古墳や、
多数の方墳と円墳からなる東百塚山古墳群、西百塚山古墳群、
露出した岩を加工して石棺とした珍しい大草磐船古墳(いずれも県指定史跡)などがあります。
横穴墓には、よく整った家形をした安部谷古墳(国指定史跡)があります。
これらの古墳からは副葬品として鏡や馬具・土器などが発見されています。
大草古墳群のように多数の古墳が集中して造られているところは県内では非常に珍しく、
古墳時代の様子を知る上で貴重な遺跡です。

■古天神古墳
この古墳は六世紀後半につくられた全長二五mの小形の前方後円墳で、墳丘の上や周辺には円筒埴輪が配置してありました。
遺体を葬るための部屋は「石棺式石室」と呼ばれる切石造りの横穴式石室で、精緻な石組みによって構築されています。
松江市周辺ではこの「石棺式石室」を造ることが流行しますが、古天神古墳はその中でも最も古いものです。
石室の中には大刀、鏡、須恵器などが納められていました。

■東百塚山20号墓「四隅突出型墳丘墓」
東百塚山古墳群は、これまでに141基以上の古墳群であることが確認されていますが、
発掘調査は1号墳(5世紀中頃)で実施されたのみで、
古墳群全体の築造時期などは明らかになっていませんでした。
20号墓は弥生時代の出雲地方に特徴的な墳墓である「四隅突出型墳丘墓」である可能性が、地形測量の結果から指摘されていました。
「四隅突出型墳丘墓」の可能性が指摘されているのはこの1基のみであることから、平成26年度に一部発掘調査が行われました。
発掘調査の結果、東西16m × 南北11m以上、高さ1.2m(突出部含む東西長は約25m)の規模で、
墳丘に貼石を施し墳裾に敷石帯・立石列をもつ「四隅突出型墳丘墓」であることが確認されました。
南側は後に築造された古墳に埋没しています。
また、吉備系土器が出土しており、岡山県南部地域とも交流があることが考えられます。
これにより、20号墳は弥生時代の墳墓であることが確定し、名称を20号墓とします。

■東百塚山1号墳
総数約90基の東百塚山古墳群中で最大の古墳です。
1995年7月に八雲立つ風土記の丘の子供風土記の丘教室の一貫として発掘調査が行われました。
1号墳は南北 18.4m、東西約 19.1m、高さ 3.7mの大きさで、2段に作られた方墳です。
墳丘の大半は盛土によって作られ、斜面には葺石(ふきいし)が貼られています。
須恵器(すえき)の器台と円筒埴輪、朝顔形埴輪、蓋形(きぬがた)埴輪などが出土し、
本来、古墳の頂上に並べられていたものと思われます。
5世紀後半の古墳です。なお、埋葬施設は未発掘です。





